キャンプ歴わずか2年だけど語らずにはいられないファミリーキャンプの良さ

キャンプ歴わずか2年のビリが語らずにはいられないファミリーキャンプの良さを改めて書きます。

回数を重ねる度にスムーズにできるようになった設営。少しずつだけど新たなキャンプ道具も揃えました。こんな「技術の上達」や「装備の充実」もキャンプの楽しみではありますが、そもそもなぜキャンプに行くのか、なぜキャンプに駆り立てられるのか。感じるままに語ろうと思います。

1.キャンプへの憧れ その起源

このブログに「今年はキャンプに行く。そう決めたんだ!」と刻み込んだのは2011年2月のこと(記事テントが欲しい!)。どうしてキャンプに行こうと考えたんだろう・・・今振り返ると「憧れ」とか「好奇心」とか、無意識とも言える薄くて軽い想いがきっかけだったんだと思います。

そんな無意識な薄くて軽い想いって言葉にするのが難しい。自分のことなのにね。でも、ぼんやりとした無意識の中にも間違いなく核として存在しているキャンプへの憧れの起源は、小学生の頃のキャンプ経験です。

1-1.心も体も踊ったビリ少年のキャンプ

キャンプの基本がすべてわかる本 (趣味の教科書)

当時、夏休みの町内会行事としてキャンプがありました。確か小学4、5、6年生を対象にしていたと思います。近くの公園ではあったものの三角屋根のテントで友達と過ごした一泊二日は、楽しい思い出です。飯盒で炊いたご飯にカレー。美味しかった。その後はキャンプファイヤーとフォークダンス。フォークダンスを踊るビリの父親がハイテンションだったのは少し恥ずかしかったけど、暗がりを照らす炎を囲んで踊ったフォークダンスの楽しさは今でも覚えています。

ビリ少年は心も体も踊っていました。

暑い時期でしたが、気温が上がりはじめる前の朝はタオルケットが離せませんでした。顔を洗って朝食が済んだ後は解散。少し寂しく、また一年後のキャンプが待ち遠しい。そんな気持ちでした。

ビリの無意識な薄くて軽いキャンプへの憧れの正体は、小学生の頃に経験したわずか3回のキャンプなんだと考えています。

2.子育てするならキャンプしろ

超実用!こどもと楽しむ!はじめてのオートキャンプ―キャンプはこどもと一緒に楽しむ最高のレジャー!!

2年間キャンプを経験した今ならその良さを「無意識な薄くて軽い」なんてレベルよりは、具体的に語ることができます。

キャンプの良さ。それはズバリ子育てに有効であるということ。子育てするならキャンプしろ!って感じの勢いです。

キャンプをメインテーマにしているこのブログにおいて、カテゴリ別記事件数が最も多いのは、実は子育てカテゴリだったりするんですね。いくつかの記事で「キャンプの目的は子育て」と書いているとおり、ビリ家にとってキャンプと子育ては切っても切れない関係にあることを裏付けているとも言えます。

その理由は次の三つ。

キャンプと子育てが切っても切れない関係にあるのはなぜ?
子どもたちの感覚に自然を取り戻す
生身の人間のコミュニケーション
理屈じゃない

2-1.子ども達の感覚に自然を取り戻す

ネイチャーゲーム原典 シェアリングネイチャー 自然のよろこびをわかちあおう (Nature game books ジョセフ・コーネルネイチ)

人工の反対語は自然だと習った記憶があります。身の回りを見渡してみると水道、電気は蛇口、スイッチを操作すればすぐに使える。情報を得る手段はテレビやネット。文明の利器に囲まれた生活がフツウになっている今、これ自体を否定するものではないのだけれど、意識的に自然に触れようとしなければ「人工」の反対側にある「自然」を完全に忘れてしまうかのような様相にも見える。

心配しているのはバランス。

子どもたちは社会的、経済的に自立することを目指し成長し、文明の利器によって支えられる今を生ききる術を身につけなければならない。ただ、文明の利器、つまり人工物の反対側にあるはずの「自然」のことを知らないのではバランスが悪い

自然とは何か。人間の力の及ばないものであること。一方で多くの恵みを与えてくれること。私たちが自然の中で生きているという紛れもない事実。こういうことを理解するからこそ、文明の利器のありがたみがわかる。また自然災害から身を守ることにもつながるだろう。

だから子どもたちに自然のことを教えたい。キャンプはその最高の機会となると確信している。

アウトドア&スポーツ ナチュラム

2-2.生身の人間とのコミュニケーション

テレビゲームを与えるべきか」では、おもちゃと遊びのリアル―「おもちゃ王国」の現象学から、二つ引用させてもらっています。

一つ目は子どもたちのコミュニケーションの量について。

二つ目は子どもたちのコミュニケーションを支えているのは遊びである点について・・・ですが、「生身の人間」からの一文は強烈なインパクトを感じたものです。

テレビゲーム時代の子育て―親の期待と子どもの本音

「お父さんパソコン見たい」 毎朝、お兄ちゃんが「おはよう」の次に口にする言葉。そう、ビリ家の子どもたちは毎朝、パソコンでYoutubeを見る習慣がついてしまった。止めさせたいのだけども、やむなく許容している。

Youtubeで見るのは「スーパーマリオ」とか「星のカービィ」。子どもたちも例外に漏れずWiiとかDSが欲しいんだそうで、事ある毎に嘆願される。テレビゲームが好きで、友達と何して遊んだのと聞けば決まって返ってくる答えはテレビゲームといった調子。そんな子どもたちにはテレビゲームの購入をガマンさせているので、まぁYoutube見るくらいはいいかと。

さて、テレビもねぇ、ラジオもネェ♪と歌ったのは吉幾三ですが、キャンプに行けばYoutubeもゲームもないのであります。スマホがあれば別でしょうけどね(あっ、ラジオは毎回忘れずに持っていきます・笑)。

子どもたちが愛して止まないテレビゲームも、キャンプ場にはありません。あるのは山、川、アスレチック、そして子どもから見れば、父親、母親、兄弟、つまり自分以外の「生身の人間」です。キャンプではそこにあるものが限られているから、否応なしに生身の人間に関心が向きます。すると、わざわざ求めるまでもなくコミュニケーションが生まれます。

設営したらその出来栄えがイイとか悪いとか。料理の味がどうとか。感じたことを感じたまま言葉にする。料理を例にすれば、味見をして互いの意見を確認し、塩なのか醤油なのか、合意の上で足してみたり。はたまた眺めた星がキレイだねと感じたらその同じ感情を共有する。

これって、まさしく「生身の人間」のコミュニケーションですよね。

2-3.理屈じゃない

外で食べる食事が美味しいことは誰でも知っている。しかし「なぜ美味しいのか」はわからない。

世の中には理屈で説明しきれないこともある。外で食べるとなぜ美味しいのか。キャンプがなぜ楽しいのか。理屈じゃないのです(笑)。

楽しいものは楽しい~!

3.まとめ

長くなりました。キャンプを楽しむこと。それ自体が自然を感じ取ることであり、生身の人間とのコミュニケーションを生む。だからキャンプにいくと心が満たされる。自然からエネルギーを受け取って帰ってくる。そんな感じがします。

言ってみれば、キャンプはなんとも動物的本能をくすぐる活動だと思うのです。もしかしたら、小学生の頃、ビリ少年が感じたキャンプの楽しさの理由は、こんなところにあるのかな。

まぁ、キャンプをはじめようとお考え方がいらっしゃれば、こんな考え方もあるんだなぁ程度の参考にしていただければ幸いです。

子どもたちは窮屈な授業を受けるわけでもなく、ただ全力で遊ぶだけ。心身ともに大きくなれ!

さぁ、ファミリーキャンプをはじめませんか?

ちなみに「子育てに有効」だけではキャンプの魅力が説明しきれいないと思いまして、記事「ファミリーキャンプの魅力を知る四つのキーワード」も書いています。ご覧下さい。